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権力者の妄想

高邁な理想を掲げて、内に秘めた野望を遂げようという方法は世界史上の常套手段だ。

 

だから歴史上の権力者たちは常に大義名分を求めた。

日本においてそれは天皇であったし、世界においてのそれはイデオロギーであったり、神であったり、人民の安全であったりした。

 大義名分自体は素晴らしいから、多くの人は支持をする。

その結果、大抵は戦争や悲惨な結果を生んできた。

 

残念なことにこれが歴史というものなのだ。

文化大革命

僕にとって文化大革命は日本の全共闘と同じくらいよく分からない存在。

マルクスだ、レーニンだ、トロツキーだと言われても結局よく分からない。

毛沢東の個人崇拝。

人民解放がなぜ知識人の虐殺?

政治闘争?すべて毛沢東が仕掛けた?

造反有理、壮大な実験、、、

 

結局いつもよく分からないで終わってしまう。

正直今もよくは分からない。

あるのは何千万人と亡くなっていったという事実のみ。

 

この世に正義はない。

人によって正義は違うからだ。

しかし、仮に人の幸せを願うことが正義だと定義するならば、5000万人以上が犠牲になったと言われるこの出来事はまぎれもなく悪であったと言わざるを得ない。

満たされない釈迦

未完こそ我々を動かす原動力であり、未完のものを完全にしたいという欲求から我々は創造し、新たに作り上げるのだ。

 

何もかも完成された世界、それは地獄である。

釈迦はとある王の息子だった。王であるから上手いものを好きなだけ食えて、セックスしたかったらいつでも一級品の美女が相手をしてくれた。生まれながらにしてトップであり、生まれながらにしてすべて完成されていたのである。

 

その釈迦が行き着いた先はただ自らを苦しめ、全てを「捨てる」ことだった。

 

これこそが仏教の思想であるが、完成された人生を生きた人間はこのような結果に行き着くのである。

結局満たされた世界とは何だったのか、その虚構だけが残る。

 

そしてそんなものには何の価値もないと気づくのだ。

 

貧しい地位に生まれたから偉くなりたい、金に苦労したから金持ちになりたい。

その欲望こそが人を輝かせ、人類を動かしてきた。

 

我々は幸せである。

満たされないものを追うことが出来るのだから。

満たされないことを謳歌せよ!

満たされないことを満たそうとする、きっとその過程が一番幸せな時なのだ。

古本の趣

神田の古本屋にて「資本論」全9巻を900円で買った。

 前から欲しかったので、いい買い物をしたなと思っている。

 

値段もさることながら、僕は古本の「誰かが使った感」に強く魅かれる。

この本には押印と買った日付が記されてあった。

日付には「昭和44年(1969年)1月21日(火) 明屋書店にて購入 Y.O.」と書かれていた。

曜日と買った書店、さらにはイニシャルまで記されている。

よほど律儀な人だったのだなと思う。

しかも全巻に記されてあり、本文には傍線ひとつない。

やはり律儀で、綺麗に読む人だったのだなと感じる。

この感覚が堪らない。

 

本自体も楽しみなのだが、その状態などから前所有者を想像することもひとつの楽しみになっている。1回で2回楽しめちゃうのだ。

 

以前、戦前の大学の入学試験問題集を買ったことがあるのだが、それを読んでいると昔の人はこれを使って勉強していたのかぁ、とか、この人は無事受かったのかな?、とか、今もどこかで生活しているのかな、とか想像できて実に楽しい。

古本は実にワクワクする。

 

また、前所有者が大切に使っていたものだから無下には扱えないなと思い、大切に使うようになる。

新品もいいものだが、一度この古本の良さを知ったものとしては、少々味気ないのだ。

 

坪内逍遥が十歳以前に読んだ本

・「実語経」「孝経」「大学」「論語

 いやいや習ったが、何百回と素読したので未だになんとなく覚えている。

・「百人一首

 絵の一部を見ればすぐ分かるくらい覚えていた。

・渓斎英泉、葛飾北斎など漫画本

 実は読むより見る方が好きだった。

・「南総里見八犬伝」「児雷也豪傑譚」

 草双紙(娯楽小説)は七歳頃から

 

最後に逍遥は「この頃読んだ本が結局人生を方向付けていたのだなぁ」と述懐する。

そして今は恵まれているのだからよく勉強しておけとしめる。

苦労人の特徴

チャールズ・チャップリンアンドリュー・カーネギーといった苦労人にはある特徴がある。

それは金持ちになっても貧乏だった少年時代に稼いだお金を一円単位で記憶しているということ。

子どもの頃お金に苦労し、後に成功した人にはこういったエピソードがよくあるらしい。

数学嫌い

科学者ファラデーや経済学者シュムペーターは数学嫌いだった。

 

またエジソンは微分積分を知らなかった。

 

数学嫌いの僕にはなんだか安心してしまうエピソード。

史記の文章

史記の魅力は簡潔であるということだ。

簡潔で、テンポよく話しが進む。

しかも内容が濃く、興味をそそられる内容だからどんどん読める。

具体例もかいつまんで最小限にとどめている。理想とする文章だ。

 

ブログ私感

ブログに限らずどんな文章でも、簡潔であるべきだと僕は思う。

ロラン・バルトが「物語は一つの文である」といったように、どんな文でも簡潔にできるのだ。

沈黙

「論じえないことについては、人は沈黙せねばならない」(ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』)

 

ウィトゲンシュタインは本物の天才だと思う。