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武士道と宮本武蔵

随想

武士道と宮本武蔵は相容れない。

武蔵の戦い方は「孫子」でいう「兵は詭道なり」を地で行く方法であった。

吉岡一門との決闘もセコいし、巌流島の決闘も武士道からしたら武士の風上にも置けないやつのやり方だ。

ひたすら勝ちにこだわり死んだら何の意味も無いと考えていた武蔵からすれば、「武士道とは死ぬこととみつけたり」というのは一笑に付すべき考え方であった。

 

では武士道とは何か?

それは江戸時代、武士が単なる階級でしかなくなっていた時にかつての武士への羨望を抑えきれない侍たちが考え出した精神論なのだ。

平和な時代に生まれ、実践経験もなく、剣術は型に成り下がった、かつてを憧れる侍たちが苦し紛れに考えた侍のあり方、それが武士道なのだ。

江戸中期に書かれた「葉隠」などはその最もたるものである。

 

理論と実践は相容れない場合が多い。

理論家はそこを承知すべきだし、実務家もそこを注意しなくてはならない。