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随想

もし人から「死」を奪い取ったらどうなるだろう?

人は「死」があるからこそ生きていられるのではないだろうか?

僕はそう思う。

現代で「死」はある種タブーとなっている。

しかし、だからこそ「死」と向き合い、意識することが大切だ。

 

年々寿命が延びている。この状況に少し気味悪さを覚える。

寿命が延びるということは、「死」というものをますます意識しなくなるということだ。

「死」がないという無限地獄こそ、最も恐ろしい状態である。

 

僕は「立派な人は必ず自分の死生観を持っている」と考えている。

歴史に名を残した偉人や立派な人はちゃんと「死」と向き合っていると思う。必ず人生のどこかで「死」を意識し、考え悩み抜き、1つの自分なりの結論を出していると思うのだ。

「死」を畏敬の存在と捉えている人もいれば、そんなもの捨てちまえという人もいる。

皆必ず何かしらの死生観を持っているのである。信長しかり、スティーブ・ジョブスしかり、徳川家宣しかり。

逆にそんなこと考えたこともないって人は、まだ人生というものをはっきり根本から分かってないと感じる。

 

現代はますます「死」を感じられなくなってきている。

かく言う僕自身も親近者の「死」に立ち会ったことがない。

しかしこんな現代だからこそ、一度「死」というものに向き合うべきだと思う。

きっと世の中の見え方が変わるから。

「いつ最期の日が来ても後悔しない」。そう納得できる心構えを持っていたい。