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社会の縮図と役割を持つということ

そういえばこのまえ牧羊犬の羊追いのショーを見てきた。

牧羊犬がずーっと向こうの山のほうまで走って行って羊を100頭くらい連れてくるのはなかなか迫力があって面白かったのだが、それを見てて思ったことをいくつか。

 

まずそのショーを見ててふと社会の縮図を見ているような気になった。

世の中にも100頭の羊のように指示待ちの人間がいる。どの社会にもいるはずだ。

そしてそれらに指示を出す犬のような役割の人間がいる。

最後にその犬を動かしている人間がいる。

なんとなく社会のようだなと思った。もちろんトップの人間が怠けて犬に指示を出させないと犬が実権を握ったり、頭のいい数頭の羊がトップと変わったりする。

何というわけでないが、なんとなく社会の縮図のように感じた。

 

もうひとつは牧羊犬について。

僕の実家も犬を飼っているが、やはりただの家庭犬となにか役割を持った犬は同じ犬でも全然違うなと感じた。

例えば普通の家庭犬は可愛がれば、じゃれてきたり舐めてくるだろう。でも牧羊犬は可愛がってもちょっとこっちを見てくれるものの基本的に羊をずっと見ていた。

おそらくきっと自分は羊を管理する役目があるのだと深く認識しているため、こっちが可愛がってもあまり乗ってこないのだろう。

なにか役割を与えられているのと与えられていないのでは全然ちがうのだなと感じた。

これは日常でも言えることなのではないだろうか。

引きこもりとかニートとか定年とか、いろいろあるが、選択肢がありすぎると人は逆に決められない。役割を与えてみると良いのじゃないだろうか。