いわゆる世間一般の休み

休みだから発散しよう、飲み会だから普段のストレスを解消しようなんて正常じゃない。
休みも仕事も楽しいものでなくちゃ。

 

いわゆる世間一般はそうなんだろう。
世間一般は日々の鬱憤やストレスがどうしても溜まる。それは避け得ないことだ。
そのために華金や忘年会、新年会、何かとこじつけで発散させようとする。

 

でも、それでいいとは思わない。
周りがみんなそうしてるから麻痺してるだけだ。正常じゃない。

仕事ってそんな負の存在なのだろうか?
我慢して我慢して我慢してそれで貰えたお金でなんとかして生活してみたいな苦しいものなのだろうか?

 

嫌なものや苦痛を伴うことは避けようとするのが生き物の基本原理だ。
でもそんな基本原理さえ無視してしまう現象が起きている理由は多分いくつかに集約される。

それは家族のためとか、将来のためとか、自身のプライド、はたまた社会に出るってそういうものだという諦め。

 

でもそれは間違っていると思う。
「家族のため」って言葉は所詮自己暗示だ。
それがある、その誇りがあるという理由が苦しい日々の現実から目をそらさせてくれる。
そしてそれは多少成果がみえて(子供の成長等)多少はより自分を酔わせて、間違っていないと思わせてくれるものだ。

 

プライドなんかなくていい。
ここで仕事を辞めたら世間からどう見られるだろうか、親を悲しませるんじゃないか。
そんなのロクなプライドじゃない。

 

社会ってそういうものだって諦め。
これは1番最悪。
諦めんなよって感じ。

 

日本人はもっと自分に正直でいいと思う。
仕事終わりの飲み会(それも翌日の事を気にしての飲み会)や数少ない休みでしか鬱憤を解消できないような日常なら仕事を変えればいい。もっと毎日が楽しくなる仕事に。
簡単に言うなよなんて言う人がいたらそれは諦め。
簡単ではないかも、でも無理な話じゃない。

 

何事に対してもそうだが、一旦そういうものだって考えをやめて、正常な状態ってなんだっけって考えることは凄く価値があると思う。
少なくとも明日のことを不安に思いながら飲むよりは。